「最近、上層部は慌ただしいみたいね。」
十番隊副隊長、松本乱菊は、そう言って、緑茶を口に含んだ。
技術開発局、第三実験室。先日、頼んでおいた試作品データを引き取りにきたついで、
彼女は、開発担当者である阿近との「打ち合わせ」と称し、のんびりと、局員が持ち込んだ寝椅子でくつろいでいた。
「まァ、飲めよ。」と、差し出された湯のみが、ビーカーであったことには驚いたが、
指に断熱用のゴムをはめて、恐る恐る啜ってみたその味は、意外な程に美味かった。
(、、これ、本当に緑茶かしら?)
冗談交じりに聞いた、技術開発局のうわさ話を思い出して、彼女は密かにひとりごちる。
ちらり、と試験管を振っている阿近を見ると、常に気難しげな顔をした研究員は、
眉根をよせ、振り返らぬままに言った。
「ああ、最近、こっちの方も、水面下での折衝ごとだの、表向きにできない依頼だのが、増えてやがる。
局長が、いねえのは、何のかんの言っていつもの事だが、、、 騒がしいのは事実だな。」
窓から入る光がまぶしいのか、彼は顔を顰め、空いた方の手で、目元をこする。
煙草のにおいが染み込んだかのような、少しくすんだ肌。
鍛錬と実戦に明け暮れる自分たちと違って、開発局のみに所属する局員はみな、一様に不摂生で、色白い。
日ごろ見慣れている自分の手の皮膚が、次第に厚くなっていることを自覚せずにはいられないだけに、ここへ来ると、彼らの手足が気になるものだが、見ると主任開発者である彼の手には、うっすらと剣だこの痕が残っていた。
「松本、、」
不意に、名前を呼ばれて目線をあげる。
「、、、、もし、渦中に飛び込む気なら、、気をつけたほうが良い。」
「、、そう、、ウチの上官にも伝えとくわ。
研究畑のあんたに、政治向きの事させて、なんだか、悪いわね。」
ふふっと笑いながら言うと、白衣のポケットに片手を突っ込んだ阿近は、諦めたように、皮肉な笑みを浮かべて見せた。
「まァ、岡目八目とも言うからな。
もし、十三隊がヤバイようなら、うちのケージが空いてる。」
「アハハハハ!!それって、技術開発局のモルモットって事?」
「オマエ等だったら、最上の実験材料だからな。局員も総出で、後押しすると思うぜ?」
爆笑する乱菊に、阿近は肩を竦ませながら、片目をつぶってみせる。
まったく彼らしくない茶目っ気に、内心驚きつつも、乱菊はひとまず礼を述べた。
「ありがと!じゃあ、核シェルターでも用意しといて頂戴。」
笑いをこらえながら、飲みさしのビーカーを置き、手を振って彼女は、実験室を後にした。
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